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アパッチ野球軍 

人間離れしたキャラと銭金の話に満ちた、
70年代の奇妙な野球漫画。


アパッチ野球軍 DVD-BOX

花登筐といえば、「番頭はんと丁稚どん」「銭の花」「どてらい男」など、ナニワのあきんどものの作者として有名だが、「アパッチ野球軍」のような奇妙な作品も書いていた。

ふつうの野球漫画ではない。
少年野球の話のはずなのに、すぐに銭金(ぜにかね)の問題が絡んでくる。
主人公の堂島剛は甲子園のヒーローだったが、ぜにかねの話に嫌気がさし、自ら左腕を破壊して四国の猪猿村にやってくる。人間離れした生徒たちの野球コーチの仕事を引き受けた。

なにかにつけて、ダム工事現場のダイナマイトを持ち出し、「発破かけるぞ?」と脅すハッパ。ナイフ投げの達人の網走。樵の息子で苦労人の材木など、キャラの設定からして何かしらの騒動を想像させるもの。

山育ちのモンキーは、なけなしの金を預かって街にみんなの野球道具を買いに行くが、途中で使い込んでしまい「文房具屋のオヤジに騙された」と、とぼけたりする。
また村長の娘の花子は、女の子なのに外野を守るところが痛々しい。頬の赤い、田舎娘丸出しのモンペ姿ながら、ひそかに堂島に恋しているところが泣かせる。

文明社会から置き去りにされたような田舎の野生児たちの身体能力やエネルギーはただごとではない。
堂島はそのすべてを野球に向けさせようとするが、むろん一筋縄ではいかない。ただ野球をしようというだけなのに、そこには、村における大人たちの利害対立や、野球で儲けをたくらむあきんどまで絡んでくるからややこしい。

人間の欲望というものは、とりあえず金と権力を求める。
過疎の村における闘争の構図は、単純であるからこそわかりやすい。
しかし、その本質は国家規模になろうとも変わりないものである。


「アパッチ野球軍」 花登筐・梅本さちお
1970-1972年 少年画報社「週間少年キング」連載

嗚呼!!花の応援団 

生き地獄のような大学応援団の生態をギャグ化した、
もっとも下品にして哀切ただよう漫画。






1970年代の漫画アクションは、「嗚呼!!花の応援団(75年)」「博多っ子純情(長
谷川法世・76年)」「じゃりン子チエ(はるき悦巳・78年)」など、地域性の強い、
あるいは土着的なアクの強い漫画のヒットを飛ばした。

江戸の頃、大坂は枚方のあたりに客を乗せた三十石船がさしかかると、くらわんか船
なるものが漕ぎ寄せて来て、喧嘩腰で酒や餅を売りつけたといわれる。
「われ起きんかい!酒喰らわんか、餅喰らわんか」
「金がなくて喰らわれんのかい?」
くらわんか船は河内のあたりからやってきたらしい。
こうした暴言、悪口雑言はなにも喧嘩を売っているのではなく、河内ではごく普通の
言葉遣いだったともいわれる。

「嗚呼!!花の応援団」の舞台は南河内大学というから、その地域性からいっても決
して上品ではない。暴力、性欲の表現も直截的で、放送禁止もしくは自主規制の対象
となるべき言葉が頻出するが、「方言だから許される」とばかりに遠慮会釈がない。傍若無人とすらいえる。

主人公は応援団の親衛隊長・三回生の青田赤道で、性と暴力の欲望にきわめて忠実な、
ある種のスーパーマンである。欲望を満たしたあとは「ちょんわちょんわ」「クエッ、
クエッ、クエッ」などと意味不明の雄叫びと下品なダンスで喜びを表現したりする。
そして、それを目撃した団のOBである剛田先輩が、目を点にして「団のめんぼく丸つ
ぶれ」と嘆いて落ちることが多い。
「目が点になる」という漫画表現は、この「嗚呼!!花の応援団」の作者どおくまん
が最初にやったのではないかと思う。

可哀相なのは「奴隷」である一回生たちで、硬派をめざして入団したのだろうが、先
輩たちの実体は軟派そのもので、行動に規範も自主規制もない。
大阪らしく、欲望と利に走るのである。

「嗚呼!!花の応援団」 どおくまん
1975年- 双葉社「週刊漫画アクション」連載

巨人の星 

男がいったん言わんと決めたら、
口が裂けても言わん。





業田良家の「自虐の詩」が映画化され、例のちゃぶ台をひっくり返すシーンに注目が集まっているが、気に入らないことがあるとすぐにちゃぶ台をぶちまける男の元祖は、やはり星飛雄馬の父一徹だろう。

「男がいったん言わんと決めたら、口が裂けても言わん」

一徹は劇画「巨人の星」作中で数々の名せりふを吐いた。
そのなかで僕がもっとも気に入ったのがこれである。
この哲学的せりふには何の論理性もない。
状況が変われば、ふつうは何事かをしゃべってもいいはずである。
そのほうが周囲のためにもなるし、人間関係がうまくいく場合だってある。

だが、理屈無き頑固さこそ、一徹オヤジの骨子である。
武士に二言はない、ということだろうが、果たして一徹は武士なのかという問題もある。
一徹は日雇いの労働者であり、どこにも仕官していない。
家族に貧乏を強いなければなければならない。威張っている場合でもないのである。
なるほど物語が進むなかで、中日ドラゴンズのコーチに就任したりするが、人生の大半を肉体労働者として過ごす。武士であるなら浪人者というところだろう。

しかし、一徹は息子飛雄馬に「野球人としての血」を命懸けで伝えようとする。
子孫を残し、血統を繋ぐことこそ武士の本懐であるならば、一徹は紛れもない武士なのである。
貧乏だが、オヤジは強く、ストイックで、どこか温かいのである。

あなたは息子に何かを与えたか?
あなたはオヤジから何かを与えられたか?
この漫画はそう問うているような気もする。


「巨人の星」 梶原一騎原作 川崎のぼる画
1966年-1971年 講談社「週刊少年マガジン」連載
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