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オモライくん 

ゴミを漁り、下水道で水泳を楽しむ根性があれば、
どんな世の中になっても生きていける。


オモライくん (1)

19世紀の文豪ディケンズは、ゴミと富が表裏一体のものであることを看破していた。
「互いの友」という小説が面白い。
ゴミ収集で財をなした大富豪の遺産をめぐって、人間の欲望が絡み合うストーリー。
テムズ河に漂流する死体から金品を抜いて家族を養う男の話も印象的だった。

資本主義の欲望が通り過ぎたあとには、大量のゴミが出る。
それらは、考え方によってはゴミではなく富となる。

オモライくん、おこもちゃん、コジじいの三人は基本的にゴミを生活の糧としている。
ゴミは無限に吐き出されるので、三人の富も無限といえる。
ただし、そこには「清潔」という市民的な概念はない。
異様な「不潔さ」の細密描写が、これでもかといった具合に繰り返される。
おそらく人間は、かなりの「不潔」に耐えられるのだろう。
下水道を泳いでも、たぶん死にはしないだろう。
不潔を楽しむと言えば変態じみているが、不潔など気にしないという根性が、ゴミを無限の富に変えるのかもしれない。

「オモライくん」 永井豪 1972年-
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