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サバイバル 

ネズミや熊と闘い、自然と屠り合う。
少年のマニアックなサバイバル生活。




「人間は自然のなかの一本の弱い葦にすぎない。 しかしそれは考える葦である」

パスカルは著書「パンセ」のなかにこう記している。
人間は考える葦である。
人間はちっぽけな存在だったが、考えることによって自然を支配し、文明を築いた。
法律や金融の知識を身につけ、勝ち組となることが文明(資本主義)のなかでのサバイバルらしいが、その文明が崩壊したあとは、また別種のサバイバルが始まるのかもしれない。

夏休みの洞窟探検中、サトル少年は、突如巨大地震に襲われた。
周囲が水没し、孤島化した地域でサトルのサバイバルが始まった。
魚を捕って生で食う。「ガチン漁」という、川の中の石を叩いて魚を気絶させる荒っぽい漁。
魚が捕れないときは、蛇でもミミズでも食ってタンパク質を摂取する。
恐れながら、戸惑いながらも罠を仕掛け、鳥や猪を殺して食う。

不用意に草を食って下痢に苦しむ。毒キノコに痺れ、嘔吐する。
ネズミに噛みつかれ、鼠咬症にかかって死の淵を彷徨う。

ただ食って生き抜くこと。
それが、自然のなかの一本の弱い葦にすぎない少年には死ぬほど厳しいことだった。
しかし少年は考え、知識を身につけ、住処を創り、強い葦に成長しながら生き抜く。

「サバイバル」 さいとう・たかを 
1976-1978年 小学館「少年サンデー」連載
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オモライくん 

ゴミを漁り、下水道で水泳を楽しむ根性があれば、
どんな世の中になっても生きていける。


オモライくん (1)

19世紀の文豪ディケンズは、ゴミと富が表裏一体のものであることを看破していた。
「互いの友」という小説が面白い。
ゴミ収集で財をなした大富豪の遺産をめぐって、人間の欲望が絡み合うストーリー。
テムズ河に漂流する死体から金品を抜いて家族を養う男の話も印象的だった。

資本主義の欲望が通り過ぎたあとには、大量のゴミが出る。
それらは、考え方によってはゴミではなく富となる。

オモライくん、おこもちゃん、コジじいの三人は基本的にゴミを生活の糧としている。
ゴミは無限に吐き出されるので、三人の富も無限といえる。
ただし、そこには「清潔」という市民的な概念はない。
異様な「不潔さ」の細密描写が、これでもかといった具合に繰り返される。
おそらく人間は、かなりの「不潔」に耐えられるのだろう。
下水道を泳いでも、たぶん死にはしないだろう。
不潔を楽しむと言えば変態じみているが、不潔など気にしないという根性が、ゴミを無限の富に変えるのかもしれない。

「オモライくん」 永井豪 1972年-
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