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「アシュラ」ジョージ秋山 

「生まれてこないほうがよかったのに」
阿修羅の道を生きるなかで、そう叫び続ける漫画。


アシュラ(上)

大岡昇平の「野火」という小説がある。
南方に残された戦争末期の旧日本軍の兵隊たちにとっては、戦闘よりも食い物が先だった。
各自食料を調達し、とにかく生きていくだけだった。
そうしたなか、主人公は人肉に手をつけようとする。
右手で人肉を食べようとしたが、左手がそれをとめた。
あいまいだが、そんな話だったと記憶している。

「アシュラ」の舞台は、平安朝の頃だろうと思う。
飢饉が続き、餓死者が続出していた。
そんな時代に子を妊んだ女がいた。
女は阿修羅と化していた。
ほとんど狂女のように屍肉あさって食った。あるいは殺して食った。
子を産むためと思われたが、しまいには産んだ子さえも食おうとした。

女から産まれたのが、主人公のアシュラである。
嵐の中、母親に食われることから逃れたアシュラは、ひとり畜生道を生きる。
アシュラは食い物を盗んで食う。
あるいは襲いかかってきた男の腕を斬って食う。
腹が減れば人を殺して食って生きた。

やがてアシュラは、若狭という娘と出会い、言葉を教わる。
初めて人の優しさにふれる。
アシュラを人間道へと導こうとする法師とも出会う。
畜生道を生き抜いてきたアシュラだが、人間らしさに目覚めはじめる。
ただ食って生きてきた獣は、突然、愛情の飢えに襲われた。
腹の飢えではなく、激しい愛の飢えのため、ふたたび人を殺す。

最後に母親の墓標のまえで、アシュラは自分を思う。
「生まれてこないほうがよかったのに」

強烈な内容だったため、発表当時、大騒ぎとなった。
あちこちで批判が起こり、有害図書にも指定された。
1970年、大阪万博の年、戦後25年。
飢えというものが、遠い記憶になっていたのかもしれない。

「アシュラ」 ジョージ秋山
1970-1971年 講談社「週刊少年マガジン」に連載
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「哭きの竜」能條純一 

「あんた背中が煤けてるぜ」
背中がすすけているとは、運のない寒い男のことか。


哭きの竜 1 (1)

麻雀で、やたらに哭(な)く奴は嫌われる。
こらえ性のない男と馬鹿にされる場合もある。
哭くことで、門前(めんぜん)より役が下がることが多いし、他人の自摸(つも)の流れも変えてしまうから、うるさい野郎と思われるのである。

哭くことは、手の内を晒すことでもある。
能條純一の「哭きの竜」は、静かに哭きまくりながら、異常な強運で勝ち続ける竜という男の話。
竜は、たとえば裸単騎(牌が一枚)になるまで哭く。
裸を晒した地獄待ちでも、哭くことで運を呼び込み、役満を自摸ったり当てたり(出和了)する。

そして、「あんた背中が煤けてるぜ」と、つぶやく。

竜の異常な強運は極道たちの精神を引きつけた。
博徒は、博打に限らず、すべてにおいて運まかせの人生を生きる。
極道の甲斐正三は竜の運を欲しがり、竜をつけ回す。
極道たちが最後に賭けるのは自分の命である。

竜は麻雀の場において、哭いて待つ。
そして竜の女は、たとえば雨の中、ひたすら竜を待つ。
哭くこと、すなわち自分の手の内を晒すことは、運との深い関わりがある。
どんなに哭きまくっても、ルール違反ではない。

「哭きの竜」能條純一
1985年- 竹書房「近代麻雀」に連載

「洗礼」楳図かずお 

「悪いけど あなたには人生なんてないのよ」
乗っ取られたのは肉体か、あるいは精神か。


洗礼 (2)

肉体が老いるときのためにクローンを用意しておく、というSFのアイディアが現実のものとなりつつある。
そのクローンもひとりの人間であって、当然意志を持っているし、人権はどうなるのかといった問題も出てきてややこしい。
神をも冒涜する行為だと批判する人も多いが、人間の不老不死への願望は強い。
本能的といってもいいほどに強いので、悪魔の所業と蔑まれようが、やがてかなえてしまうのかもしれない。

楳図かずおの「洗礼」は、タイトルが意味深長である。
最後の大どんでん返しのあと、タイトルの意味が見えてくるような気がする。
どんでん返しのあとの不気味さこそ、この漫画から妖気のように放たれる真の怖ろしさ、人間の精神が持つ得体の知れない怖ろしさなのかもしれない。

女優の若草いずみは歳をとっていく自分に耐えられなくなった。
そこで村上医師との相談の上、子を産み育てることにした。
のちに脳移植という方法で、その子の若い肉体を奪うために。
若草いずみは、女の子を産み、世間から消えた。

「悪いけど あなたには人生なんてないのよ」
女の子は「さくら」と名づけられ成長したが、村上医師によって脳を抜かれ、母・若草いずみの脳を移植される。
「さくら」の肉体を得た「いずみ」は学校に通う。
担任の男性教師に恋をし、女としての幸せを得るために教師の家に乗り込む。
悪質な嫌がらせを繰り返して教師の妻を追い出そうとする。
しかし、十分に若いはずの「さくら」の肉体に奇妙な痣がでる。歳をとった若草いずみと同じような痣が。
恐怖に狂った「いずみ」は、こんどは教師の妻の脳を抜いて自分の脳を移植しようと考え、村上医師を探す。

が、村上医師は死んでいた。しかも、若村いずみの脳が娘の「さくら」に移植される前に、すでに死んでいたことがわかった。

奇妙すぎる話である。
母と娘の精神の結びつきが得体の知れない妖気を放っている。
娘に怨念の呪詛を込めるように永遠の思いを託す母、そして母の願望をかなえようとするかのような娘。シンクロナイズしたふたつの心がもたらした奇妙な話。
というような読み方もできるのではないかと思う。
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