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1(イチ) 殺し屋1の高校生篇 

「関西の骨折り」鬼鮫を、
イチの「泣きの蹴り」が屠る。

1 1 (1)

山本英夫作「殺し屋1」の主人公である城石一の高校時代を描く。
「殺し屋1」とは違い、ラストでは城石一が「いじめられっ子」から脱却し、喧嘩を始めるカタルシスがある。

イチは空手を習い続け、相当な実力に達していたが、心が弱く、喧嘩ひとつできない「いじめられっ子」だった。女子からも馬鹿にされ、男子からは小突かれ放題だった。
だがイチは、いじめが臨界点に達すると、突如爆発する危険な爆弾をうちに秘めていた。
一方、イチの空手仲間でパワージャンキーの赤熊大は、学校をシメていた。
大は、気のいい男だが、腕力でしか会話ができず、イチの気弱さに、いつも苛立っていた。

そこに暴力沙汰を起こし、関西から流れてきた第三の男が現れる。
関西で「骨折り」と呼ばれた鬼鮫だった。
後輩の腕の骨を折られた赤熊大は、敵を討つために鬼鮫を追うが、翻弄され、学校の屋上で戦闘不能にされる。大もまた腕の骨を複雑骨折した。
その様子を、最初は震えながら見ていたイチだが、やがて意を決する。
足をガクガクさせながらも超人的な蹴り技を出し、鬼鮫を捉えた。
そして暴力の喜びに目覚めていく。

山本英夫 「イチ1」全1巻 小学館ヤングサンデーコミックス 




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殺し屋1(殺し屋イチ) 

いじめられっ子だったイチが、
泣きながら人間を切り刻む。

殺し屋1(イチ) 3 (3)

高校時代に地獄のいじめにあった城石一(イチ)は、妄想の世界の住人となっていた。
イチはいじめられっ子だったが、空手を習い、足技だけを極め、超人の域に達していた。
やがて、謎の男に見込まれ、ヒットマンに仕立てられる。
「じっちゃん」と呼ばれる謎の男は、イチの妄想をかき立て、何が目的かはわからないが、新宿歌舞伎町のヤクザを次々に襲わせ、町の崩壊をもくろむ。

イチはスニーカーに刃物を仕込んで、驚異的な足技でターゲットの首を落としたり、頭の皿を削ったり、体を切り刻んだりする。
仕事が終わると、鼻水を垂らしながら号泣し、自慰を始める。完全な変態の世界である。

マゾヒストの垣原は、イチに捕まり、絶望の中で切り刻まれることを期待しつつも、「必然性を高める」とか訳の分からないことを言いながら、他人を拷問にかけたり、自分の舌を切ったりする。完全に狂った世界である。

人間は、欲望と支配のために暴力を使う。その恨みはさらなる暴力として跳ね返ってきて、残されるのは廃墟のような虚しさ。痛みと表裏一体の快感に溺れ、拒絶しながらも求めてしまう愚かな世界。不完全な生命体である人間の哀しさを感じる。

「殺し屋1(イチ)」全9巻  山本英夫 週刊ヤングサンデーに1998年~2001年連載

七夕の国 

能力を使うたびに、
先祖の血が活性化し異形の姿に。


七夕の国 全4巻 岩明均作

千年ほど前に「丸神の里」では異種交配が行われた。
異種と混じり合った女が産んだ子は、不思議な能力を持ち、姿も鵲(カササギ)のように異形だった。以来、この里は、どの領主の支配にも属さず、特殊能力を持つ者たちが守ってきた。
里の者に伝わるのは、両掌の間に「異空間」を創出する能力。
その「異空間」に触れた部分は、破裂し、すべてどこかに持っていかれる。
手、足、顔の半分といった人間のパーツはもちろん、巨大な建物も山も……。
異形の濃い血は、千年のときのなかで、全国に散らばっていた。

自分の能力を秘し、<村社会>の因習のなかで生きるか。
それとも能力を解放し、欲望を実現していくか。
里の血をひく人間たちは、それぞれの道を選ぶ。

この「七夕の国」といい、「寄生獣」といい、アイデアそのものはそれほど斬新というわけではないと思う。しかし、岩明均は料理の仕方がうまい。
淡々と流れていく画面のなかに、突如現れる残虐な描写がおそろしく効果的。
両掌の間の「異空間」は、一体どこに繋がっているのか?
想像すればするほど、とてつもなく大きなロマンを感じる。

「七夕の国」全4巻 岩明均
小学館ビッグコミック・スピリッツ1996-1999年連載

寄生獣 

ゴムのように粘り、鞭のようにしなる、
刃物のように硬質な筋肉の寄生獣。

寄生獣(6)

この漫画を読むと、映画「遊星からの物体X」を思い出す。
人間の肉が伸びて異様な姿に変形する。
キュビズム絵画のように、顔のパーツ配置に落ち着きがない絵がなんとも奇妙で魅力的だ。
たとえばクチが馬鹿でかく開き、鋭い牙が人間の頭を「バリンッ」と食ってしまうとこなどは、インパクトがありすぎて、グロテスクというより、ある種のギャグのような面白さがある。
細かい背景を描き込まない岩明均の淡泊な絵だからこそ、そんなシーンの凄みが一層際立つ。

寄生獣たちは、宇宙のどこからかやってきた。
目的はよくわからない。高い知性を持っているため、自分たちのレゾンデートルとかを考え始める。
寄生獣は人間の中に侵入すると、脳を食い、意識を支配する。寄生された人間は、人間のカタチをした、別の生き物になる。主人公の新一だけは、奇跡的に脳を食われず、右手に寄生される。
新一に寄生した個体は「ミギー」という名をつけられ新一と共生する。

寄生獣たちは、雑食だが人間を好んで食う。人間の姿で人間を食う。
人間社会への浸食が進んだ頃、人間たちも自衛隊を出動させ反撃を開始。静かでグロテスクな戦争が始まる。
戦いのなかで、なにかに寄生しないと生きられない生物の「悲哀」が次第に浮き彫りになってくる。

「寄生獣」全10巻 岩明均  講談社「アフタヌーン」1990-1995年連載  

家裁の人 

裁判官は何を考え、
どんな生活をしているのか?

家裁の人 4巻 セル版 (4)[ビデオ]

少年犯罪がずいぶん前から社会問題となっている。
ニュースを見ると、少年たちへの怒りがこみ上げてくる。
家裁の現場で、どんなふうに少年が裁かれているのかを知っておくのも悪くはない。

主人公の桑田判事は、最高裁判事を父に持つ毛並みのいい裁判官。
司法試験の上位合格組で、判事としての実務能力も高く評価され、最高裁調査官転任への打診もあったが、これを拒否、家裁での仕事にこだわる。
判事とは独立した存在で、転任を拒否することもできるらしい。上層部といえども、判決に圧力を加えることができないようにするためである。
ただ、同じ場所に長くはいられない。
数年でどこかに異動するため、全国には官舎が用意されている。
桑田は他の家裁への転任は受ける。

「育ててみませんか?」
というのが桑田判事の口癖で、家裁の庭、官舎の庭でいろんな植物を育てている。そして他人にも、育てることをしきりに勧める。散歩も好きで、道を歩きながら季節の移ろいの中、木々や草花の変化を楽しむ。
各話のタイトルにも「ユリ」とか「オランダナデシコ」とか、花の名前がつけられている。

桑田判事は昼行灯のように、ぼーっと花を見つめながら、送致されてきた少年のことを考え続ける。
どういう判決を下すことが少年を育てることになるのかを。
少年を育てることは、もしかすると違憲合憲の審理よりも、国にとって大切なことかもしれない。

「家裁の人」作・毛利甚八 画・魚戸おさむ
1989年~ 小学館ビックコミックオリジナルに連載

こちら大阪社会部 

新聞記者とは何者か?
この漫画がすべて教えてくれた。


こちら大阪社会部(3)

テレビ朝日の「朝まで生テレビ!」などでお馴染みの大谷昭宏氏原作。
大谷氏は若き新聞記者時代、大阪西成の釜ヶ崎(あいりん地区)に連日泊まり込み、風呂にも入らず、日雇いの労務者たちから「讀賣の兄ちゃん臭いで~」とかいわれるほど取材熱心だったらしい。
西成は新米の社会部記者にとってスクープの宝庫だったのかもしれない。

そうした氏自身の体験が随所に活かされた漫画だからリアリティがある。
もっとも印象に残ったのは、社会部記者たちの過酷さ。
先輩記者のひとりは、睡眠を削り、神経をすり減らした挙げ句、ほんとうに胃に穴を開けて早世してしまう。

「警察は仲間意識が強い」「大きな音に一斉に反応する」など、府警の記者クラブ詰体験を通して得られた「業界知識」も面白い。
新聞の社会面に載せる事件の被害者の写真を入手する方法にはちょっと驚いた。近所や親戚、同級生などの所を回って頼み込むこともあるらしい。だから新聞には、学生時代の写真が出ることもあるのだと思った。

新聞記者には、小賢しい理屈よりも、執念、根性、体力こそが大事である。
社旗をはためかせた黒塗りの高級車で現れる記者とは違う、本物のジャーナリストの姿を見たような気がした。

「こちら大阪社会部」全5巻 大谷昭宏作・大島やすいち画
1991-1996年、講談社ミスターマガジン連載
続編に「こちら大阪社会部 阪神大震災篇」「こちら社会部(東京本社篇)」

うしろの百太郎 


「守護霊のしくみ」や「霊界の構造」とかいうものを、
ストーリーを通して解き明かしていく。


うしろの百太郎

少年チャンピオン連載中の「恐怖新聞」と同時期に、こっちは少年マガジンの方で連載された。
「恐怖新聞」への読者の反響が大きく、出版社側のつよい要請もあってのことだったらしい。

主人公の後一太郎の父は、心霊科学の研究者である。
一太郎自身も霊の世界との縁が深いらしく、次々に超常現象に遭遇する。
一太郎には霊犬のゼロというパートナーがいて、怪現象の解明のみならず、学校の勉強までサポートしてくれたりする。

一太郎を悪質な霊から守るのは、守護霊の百太郎、すなわち「うしろの百太郎」である。
百太郎は、格のたかい高級な霊らしい。
一人の人間には、いくつかの霊が憑いていて、悪い行いを続けていると、次第に悪質な霊が集まり、高級な霊は去っていくという。逆に良い行いをすると、良い霊が来てくれて勉強や仕事、人間関係などが良くなるという因果応報的な仕組みが説明される。また人をあやめると、殺した人間の霊や、憑いていた悪霊までも抱え込んでしまうらしい。

「うしろの百太郎」も「恐怖新聞」も、つのだじろう独特の、どよーんとした雰囲気と画力がなければ成立しない漫画ではないかと思う。いかにも恨めしく、それでいてどこか哀しげな霊たちの描写。人間の恐怖に引きつった表情。スピーディな展開と余韻が残るラスト……。
いま読んでも十分に新鮮で、怖さをたっぷりと味わえる。

恐怖新聞 

読むと、寿命が百日縮まるという「恐怖新聞」が、
少年のもとにいきなり配達されてくる。


恐怖新聞 (1) (少年チャンピオン・コミックス)


作者のつのだじろうは、70年代の超能力少年・清田益章とも親交があり、清田少年が、事務所に瞬間移動してきたとかいうエピソードを聞いたことがある。僕は昔、つのだプロのすぐ近くに住んでいたことがあり、毎日のように和風の不思議な趣きのある事務所の前を通っていたので、この話がひどく印象に残っている。

「恐怖新聞」を通して、つのだじろうの名は心霊研究家としても広く世間に浸透し、氏のもとには怪奇現象体験の報告や、心霊写真などが続々と集まってきたりしたようだ。

単なる恐怖漫画ではなく、心霊学の立場から霊現象というものを詳しく解説した作品だった。読者をして、心霊の世界にストンと落とし込む手腕はさすがというべき。

ある日、中学生の鬼形礼少年のもとに、どこからともなく「恐怖新聞」なるものが配達されてくる。
その新聞には、身近な人間の交通事故死の予告記事などが載っていて、不気味きわまりない。
実は、礼少年は悪質な憑依霊にとり憑かれていて、恐怖新聞を無理矢理に読まされていた。しかも百日ずつ命を縮めながら。

連載当時、子供たちのあいだに心霊ブームを巻き起こした「恐怖新聞」だが、物事への執着や欲、業といった、きわめて人間くさいテーマを持つ漫画であり、ひとつの作品としてすぐれたものであるということを忘れてはならないと思う。

少年チャンピオンに1973年より連載

ハクション大魔王 

「くしゃみ」をするとハクション大魔王が、
「あくび」をすると娘のアクビが壺の中から出てくる。

ハクション大魔王 セレクション3

そして、しゃっくりをすると妻のシャックリが出てきて、呼び出した「ご主人様」の願いをかなえてくれる。
大魔王の声は、低音で、のんびりした感じの大平透。昭和40年代の、なんとも平和なギャグアニメ。

与太山家の息子カンちゃんは、家の屋根裏にあった古いアラビア風の壺の前でクシャミをする。すると、ハクション大魔王が出てきた。大魔王は「~でごじゃる!」とか変な話し方をするし、算数が苦手、肝心の魔力もいまいちで、相当なズッコケ(当時の表現)である。しかし、カンちゃんも、どうでもいいようなお願いをするので、正直、すべてがどうでもいい。

かわいいのは娘のアクビ。
こっちは壺の前であくびをすると「出まして来ましてアクビちゃ~ん」と、妙に明る過ぎる登場の仕方。大魔王よりもしっかり者だが、イタズラ好きのため、いつも周囲を混乱させる。

「昭和元禄」といわれた時代に作られた、ほんとうに平和なアニメ。観ると、頭の中が陽気になる。

「ハクション大魔王」吉田竜夫・竜の子プロ制作 1969年~1970年 フジテレビ系で放映

Cuffs―傷だらけの地図 

喧嘩の達人だった父親の魂が、ひ弱な優作のカラダに乗り移る。
人格が一変し、街の不良たちとバトル三昧。

Cuffs―傷だらけの地図 (17)

九宝龍二は、無敵の喧嘩師と恐れられていたが、最後は拳銃で撃たれ、35歳で人生を終えた。
しかし、龍二には、過去の恋人・沢渡涼子が生んだ高校生の息子・優作がいた。
優作はひ弱ないじめられっ子で、奇しくも龍二と同じタイミングで、こちらは自ら命をたとうとしていた。
そのとき、龍二の魂が優作に乗り移る。
龍二は、苦労をかけた涼子への罪滅ぼしのため、沢渡優作として、真面目に人生をやり直すことを決意する。が、優作として高校に通い始めると、いじめっ子や不良どもに絡まれる。優作の中の龍二の血は黙っていなかった。たちまちのうちに、学校をシメてしまう。生まれ変わった優作は、喧嘩をするたびに龍二だった頃の勘を取り戻す。次第に他校のワルたちも巻き込んだ、一大バトルへと発展する。

「さっきからムカつくぜ フェミニスト気取りか?」
「男が上だの女が下だの そういう論争はTVタックルでやってくれ 俺には興味ねえ」

優作は、いつも喧嘩の前に相手を挑発する。そのセリフが面白い。
とても高校生とは思えないようなキャラが次々に登場。第2章では、ブラックコートマフィアという凄腕集団と対決する。

非情な喧嘩の緊張感を煽りながらも、随所に気の利いたギャグや格好をつけたセリフを挿入。独特の格闘漫画のエッセンスがある。どうしようもないワルたちを、優作がひとりひとり喧嘩でもって改心させていく。

「Cuffs―傷だらけの地図」東條仁作 1997-2005年 ヤングジャンプ連載

キックの鬼 

「真空飛び膝蹴り」という超現実的な技を、
実際のリングで使ったキックの鬼。


真空飛び膝蹴りの真実―“キックの鬼”沢村忠伝説

数年前、格闘技雑誌に沢村忠のインタビュー記事が載っていた。
写真の中の、現在の沢村忠は、昔と体型も変わらず、鍛えられた武道家といった印象だった。
いまは会社役員をしながら、子供たちに空手を教えているという。

アニメ「キックの鬼」と、現実のリングで行われた「キックボクシング」が、記憶の中で妙にダブっている人も多いのではないかと思う。「キックの鬼」は、梶原一騎の創作部分はあるものの、キックボクサー沢村忠の半生を描いたものだからだ。

空手の学生チャンピオンだった沢村忠は、ひとつの敗戦によって、いったんは挫折するが、やがて再起を決意。片方の眉を剃って山籠もり修行に入る。そしてキックという新しい道に挑戦し、リングの上でもチャンピオンになる。
現実の沢村忠(本名・白羽秀樹)も日大の学生時代、空手道部に属して全日本学生選手権で優勝。無敵を誇る「蹴りの白羽」の異名をとっていた。

必殺技は「真空飛び膝蹴り」だが、現実の必殺技も同じで、まさにフィニッシュ技だった。
跳び上がったあと、一瞬、真空状態になったかのように滞空し、顔面にめり込むような膝を入れる。ああいう技は、いまのK1では、やはり空手家のクラウベ・フェイトーザあたりが使いそうな気がする。武蔵を一撃で砕いた時の膝は、相当な破壊力だった。
アニメでは、殺人鬼ソンラムなどの恐ろしいムエタイの猛者たちが次々に襲いかかってくる。リングでも対戦相手はタイ人選手が多かった。

主題歌は、沢村忠自身が歌っている。
「鬼がリングで見た星は~」で始まるエンディングテーマの『キックのあけぼの』(作詞・梶原一騎 作曲・小林亜星)は、哀愁があって、渋くて、いい感じ。

「キックの鬼」1970年~1971年 TBS系で放送 

荒野の少年イサム 

明治の初め、ひとりの武士が米国に渡る。
その息子が、凄腕のガンマンになったという話。


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会津といえば、「朝敵」とされていたため、明治の初め頃は肩身の狭い思いをしていたのだろう。
会津藩士だった渡勝之進は、学問修業のために渡米する。しかし、所持金が底をつき、金採掘の手伝いをしていた。そしてネイティブアメリカンの娘との間に男子をもうけ、イサムと名付けた。勝之進はイサムと生き別れになる。

余談だが、1869年、戊辰戦争の敗者となった会津人の一部が実際にカリフォルニア州に入植している。会津藩の軍事顧問だったプロシア人ヘンリー・シュネルの世話で桑や茶の畑を拓いたという。

イサムはロッテンキャンプで育てられていた。
ある日、洪水が起こり、流されていたところを、賞金首のウインゲート一家に連れ去られる。ウインゲートの親父と兄たちは、イサムにガンマンとしての厳しい修業を課す。成長し、一家の一員として悪事に手を染めていたイサムだが、父勝之進のサムライスピリットと、ロッテンキャンプの人たちの優しい心は忘れていなかった。正義に目覚めたイサムは、一家を抜け出し、生き別れになった父を捜して荒野を旅する。

川崎のぼるが描く、西部劇漫画の世界が非常にいい。
拳銃やナイフ、ガンベルトといったマニアックな描写も楽しめる。

1971年には、サムライウエスタン大作「レッド・サン」(仏伊西合作映画・テレンス・ヤング監督)が公開されていた。、三船敏郎、アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソンの三大スターが競演。
この手の映画は、日本や日本人の描き方にばかり目がいくので、映画として純粋に評価したり、楽しんだりすることは難しい。

少年忍者 風のフジ丸 

時は戦国、波乱の時代。
鷲にさらわれた赤ん坊が、少年忍者に成長。

風のフジ丸 完全版 (下)

赤ん坊の頃、鷲にさらわれたという話が哀しい。
母親は、我が子のゆくえを追って、何年も旅を続けている。
忍びや盗賊集団は、従順な配下を育てるために赤ん坊をさらってくるのだという。

鷲にさらわれた赤ん坊は、フジ丸と名付けられ、風魔十法斉を首領とする忍びの里で育てられた。やがて優れた術の使い手に成長するが、非道な十法斉に反発し、ひとり、群雄割拠の戦国の世に飛び出す。

その頃、武将たちの間では「龍煙の書」の争奪戦が始まっていた。
これを手に入れた者こそが天下を取るといわれる、最終兵器の製法が記された秘伝の書であった。その、あまりの恐ろしさを知ったフジ丸は、「龍煙の書」を誰よりも早く手に入れて葬ろうとする。秘伝をめぐって、風魔一族、伊賀の忍び、南蛮邪法の使い手たちなどが、三つどもえ、四つどもえの闘いを繰り広げる中、フジ丸は平和の戦士としての自分に目覚めていく。そして過去に決着をつけるために、風魔十法斉との最終決戦へ向かう。

東映テレビアニメとして1964~1965年にNETテレビ(現テレビ朝日)で放送。
物語の原型は白土三平の漫画「風の石丸」(1960年、講談社刊)と「忍者旋風」。
藤沢薬品工業が番組のスポンサーだったため「風のフジ丸」となった。

番組の最後の「忍法千一夜」を楽しみにしていた人が多かった。
昭和に現存する本物の忍者(戸隠流三十四代目・初見良昭)が出てきて、手裏剣、まきびしなどの武器や「木の葉隠れ」「火炎の術」などの真面目な解説をした。

8マン 

東刑事がロボコップとなって悪党に立ち向かう。
「走れ、エイトマ~ン、タマよりも速く」

エイトマン DVD-BOX collection 1

「幻魔大戦」の平井和正原作のSF漫画。
「鉄腕アトム」に続いて1963年にアニメ化された。もちろん白黒である。
1965年には、筒井康隆、豊田有恒、眉村卓らがシナリオを担当した「スーパージェッター」も放送開始、SFアニメの名作が続々と登場する。

警視庁の東刑事は犯人に撃たれるが、サイボーグ、もしくはロボコップとして甦る。
そして第8番目の特別捜査官、すなわち8マンとして凶悪犯に立ち向かう。
当時、アニメの技術レベルがまだ低かったのか、8マンが弾丸(タマ)よりも速く走るシーンで、脚だけがせわしなく動いているのが、なぜだか大うけし、話題になった。

東刑事のフルネームは東八郎。
「赤胴鈴之介」のワンパターンギャグで人気のあった同名の人気コメディアンとは無関係らしい。

平井和正・作 桑田次郎・画 講談社「週間少年マガジン」にて1963年より連載

東京BJ 

なんとも淡泊な画面に、
目だけは鋭い登場人物たち。


東京BJ

柳沢きみお作品といえば、「特命係長・只野仁」が実写化(高橋克典主演・テレビ朝日)されて人気だが、この「東京BJ」の方が渋好みともいえる。

BJとはブラックジャーナリズムのこと。取り屋とか総会屋とか、そのたぐいの商売。
主人公は平凡なサラリーマンだったが、切れやすい性格で、喧嘩だけは強かった。
ぶち切れて会社を辞め、一匹狼のBJの元で見習い修業をするようになる。

師匠は、どちらかというと「与党」の立場になることが多く、企業に対し、うるさくたかってくる同業者たちを排除していく。主人公は、仕事を手伝うなかで、次第にBJとしての本能に目覚めていく。

柳沢きみおの絵は、背景がほとんどなく、全体が淡泊である。
動きも少なく、なんだか紙芝居を見ているような雰囲気がある。
そのくせ、人物の印象は、やたらに強く濃い。
1コマ1コマに奇妙な緊張感が漂っていて、ぐいぐい読ませるのである。
柳沢きみお独特の世界観を、たっぷり味わえる作品といえる。
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