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「雨女」水木しげる 

妖怪と向き合うことは、自身と向き合うこと。
貧乏なのも、恋人ができないのも、みんな自分に原因がある。


水木しげるのニッポン幸福哀歌(エレジー)

水木しげるは「珠玉」ともいえる短篇をたくさん描いている。

むろん、妖怪や鬼神のたぐいが出てくる。
ある妖怪は山深くにひっそりと棲み、時に通りかかった人間と関わる。
都会に潜む陽気な妖怪もいる。いじわるな貧乏神もいる。
寂しがりやなのか、しきりに人間とふれ合おうとする妖怪もいる。

人間たちは、妖怪と関わることによって、時に安らぎを覚えたり、楽しい夢をみたり、人生を考えさせられたりする。

老人は雨の山で不思議な館をみつけ、雨宿りをしていた。
館の主らしい若い女が戻ってきた。
女は遠慮しないでいいといい、老人は一夜をともにする。
女は雨の日にだけやってきた。
老人と女は、交わるたびに若くなっていった。
老人は若者に戻った。女は赤子になった。
老人は女の赤子を大事に育てはじめた。 -雨女-

多くの人間は寂しい思いをしているし、たいていの人間が自身に満足していない。
異世界の妖怪と向き合うことは、自身と向き合うこと。
貧乏なのも、恋人ができないのも、幸せを感じられないのも、みんな自分に原因がある。

「水木しげるのニッポン幸福哀歌(エレジー)」 角川文庫
●役の行者●一つ目小僧●貧乏神●猫の町●離魂術●人面草●小豆洗い●幽霊屋敷●影女●雨女●帰って来た男●島●大人物● 打ち出の小槌●管狐●ボヤ鬼●時の神●ぬっぺふほふ●梅干し●異次元の色気
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ねじ式 

「懐かしい文学」として味わいたい作品集。
解釈も感じ方も人それぞれでいいと思う。

ねじ式

1967年頃から月刊「ガロ」に掲載された、つげ義春の短篇集。
表題作の「ねじ式」は、海岸でメメクラゲに刺された男が病院を探して町というかシュルレエルな世界を彷徨ったあげく、破れた静脈をねじで止めてしまう話。他の漫画家による多数のパロディ作品が生まれ、映画化もされた。

個人的には「初茸がり」が好み。
雰囲気として、水木しげるの初期短篇を彷彿とさせる。

まず、おじいさんと坊主頭の少年がふたりだけ、というのがいい。
木と紙と畳の家、山とたんぼに雨という日本の原風景のような景色がいい。
田舎がすでに不思議世界になりつつあった。
おじいさんは不思議世界のことをなんでも知っている。
少年にとっては見るもの聞くものすべてが珍しく好奇心をくすぐられた。
少年は山腹の、ある部分にだけ雨が降っているのを発見した。
おじいさんに光の悪戯だと教えられた。

おじいさんは明日「初茸がり」に連れていってやるという。
少年は目を輝かせた。
少年はうれしくて眠れなかった。
おじいさんは鼻提灯をつくっていびきをかいていた。
少年は大きな柱時計の音が気になった。

おじいさんが朝起きると、少年は大きな時計のなかで眠っていた。

「ねじ式」つげ義春 小学館文庫
●第1話/ねじ式●第2話/沼●第3話/チーコ●第4話/初茸がり●第5話/山椒魚●第6話/峠の犬●第7話/噂の武士●第8話/オンドル小屋●第9話/ゲンセンカン主人●第10話/長八の宿●第11話/大場電気鍍金工業所●第12話/ヨシボーの犯罪●第13話/少年●第14話/ある無名作家

はれた日は学校をやすんで 

あの頃のこころの痛みを思い出して、
あの頃の自分を大切に。

はれた日は学校をやすんで

自分が着るべき新しい制服を見た女の子は、こころに違和感を走らせる。

「だってみんなと同じだもの。これじゃおかあさんだってわたしのことみつけられないと思うわ」
「おかあさん わたしこれ着ないよ」

人間を型にはめるために、「勉めて強いる」場所。
学校はすべての可能性を奪うところ、と言ったのはジョン・レノンだったと思うが、無理矢理机に座らせられ、みんなと同じことをさせられ、しかもそれが毎日毎日続くとなったら、はみ出してしまう子も出てくる。はみ出しても、よってたかって引き戻されるとしたら、気の弱い子なら引きこもってしまうかもしれないし、逆にぜんぶ壊してやろうとイジメや暴力に走る子が出てくるかもしれない。
そして、そんな「わがままたち」が集まっている学校では、人間関係とかいうものの悩みもたくさん出てくる。

あの頃のこころの痛みを思い出す、ちょっとせつない漫画。

「はれた日は学校をやすんで」 西原理恵子
1989-1994年の作品集 双葉文庫
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