スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お天気お姉さん 

もし脳天気なボディコンギャルが、
お天気キャスターだったら。


お天気お姉さん(6)

90年代前半に脚光を浴びた、お天気キャスターとボディコンギャルいう、ふたつのファクターが合体したキャラ、仲代圭子。
欲望に忠実に生きるスーパーお嬢様の、優雅で退廃的ともいえる日々の生活を覗き見るような快感のある、エロティックなギャグ漫画。

圭子は、放送本番中のパンチラは当たり前。脱いだり、本気で欲情したりすることで視聴率を稼ぎ出す。数字さえ獲れるのなら、何をやってもいいと突っ走る圭子に、あちこちから苦情が寄せられるが、そんなクレームの嵐に対し、行動をさらにエスカレートさせて対抗する。最後はドタバタで終わることが多いが、滅茶苦茶をやった後の圭子が時々みせる、ちょっと寂しげな表情がよかった。

80年代後半のディスコの代表格は六本木のマハラジャ、90年代前半は芝浦のジュリアナ東京。
ユーロビートの地響きに、めくるめく極彩色の照明、女の汗と化粧と酒の匂い。
ボディコン、ワンレン、ジュリ扇、お立ち台……。
猛り狂ったような女たちの時代とは、一体なんだったのだろう。
それこそ嵐が通り過ぎるように、一気に消え去ったのも不思議だった。

「お天気お姉さん」安達哲 講談社「ヤングマガジン」1992年より連載

スポンサーサイト

ハレンチ学園 

70年安保、大坂万博の時代に、
全国の学校で「スカートめくり」を流行らせた衝撃漫画。

ハレンチ学園(ワクワク校外編)

永井豪はむかし、ハレンチ学園を描いた動機を語っていた。
ある日書店で、小学生がエッチな本を立ち読みしていたのを目撃、エッチな漫画を描けば必ず売れると思ったということ。

メジャーな少年漫画誌で、堂々とエッチな漫画を連載し、それが爆発的なブームになったのだから、世間の反発も大きかった。マスメディアは猛烈に批判し、全国のPTAがヒステリックに騒いだ。PTAがノイジーな保守派おばさんの代名詞となったのは、この「事件」からかもしれない。

「あんな子がうちの学校にもいれば」と全国の小・中学生に思わせた柳生みつこ(十兵衛)は、男たちの性欲の餌食となりながらも明るくたくましく生きる、永井豪が一貫して描く女性キャラの原型のような感じ。みんな山岸くんになりたかったに違いない。
ヒゲゴジラ、マルゴシ、パラソルなどの異様な教師像もかなり新鮮で、「学校の先生」のイメージをぶち壊した。いやもうこの時代には、すでに「教師の権威」などなくなっていたのかもしれない。

「ハレンチ大戦争篇」では、キャラたちの多くが戦死し、学園崩壊へ。
世間からの圧力で押し潰されそうなこの漫画を、作者自らの怒りで爆発させたような印象だった。

売れる漫画を狙って描いたという「ハレンチ学園」だが、永井豪のテーマは生きている。
その後の「デビルマン」「バイオレンスジャック」「凄ノ王(すさのおう)伝説」といった名作シリーズでも、一貫して性と暴力を描き続ける。
結局、そういうものが好きなんだと思う。

永井豪作品「ハレンチ学園」 
集英社「少年ブック」のちに「少年ジャンプ」、週刊化され「週刊少年ジャンプ」に1968年より1972年まで連載。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。